「この病気とは、一生つき合っていくしかない」
そう言われたとき、どう受け止めたらいいのでしょうか。
頑張って治そうとするべきなのか。それとも、受け入れて楽になったほうがいいのか。
私は理学療法士として13年間、病院・クリニック・訪問リハビリの現場で、多くの方の回復に関わってきました。その中で見えてきたのは、「闘う」と「つき合う」は、どちらが正しいかという話ではないということです。
順番があります。
そしてこのことを、生涯をかけて体現した人がいます。94歳まで生きた、松下幸之助です。
【この記事でわかること】
✅ リハビリの現場で、頑張る人と受け入れる人に何が起きていたか
✅ 「闘う時期」と「つき合う時期」の違い
✅ いま自分がどちらの時期か、見分けるひとつの目安
✅ 「受け入れられなかったらどうしよう」という不安について
「経営の神様」は、50歳まで生きられないと言われていた
松下幸之助という名前は、多くの方がご存じだと思います。パナソニックの創業者で、「経営の神様」と呼ばれた人です。
その人が、どれほど体の弱い人だったかは、あまり知られていません。
・20歳ごろに肺尖カタル(結核の初期)を発症。血痰を吐いた
・医師から「50歳までは生きられないだろう」と告げられる
・26歳までに、両親と7人の兄弟姉妹が全員病死。うち5人は肺結核
・体が弱く安定して勤められないため、18歳で会社を辞めて独立
八人きょうだいの末子として生まれ、二十代半ばで、家族が誰もいなくなっています。
普通に考えれば、自分の番が来るのを待つような状況です。
それでも彼は、事業を始めました。
35年間、病院に住みながら経営していた
体が丈夫になったわけではありません。
松下幸之助は59歳から亡くなるまでの35年間、松下記念病院に平日住まいをしていました。持病のために、月の半分を寝込んで過ごすこともあったといいます。
では、その間どうやって経営していたのか。
人に任せていました。
自分でやりきれないから、任せる。任せるから、人が育つ。のちに「事業部制」として知られることになる仕組みも、この体から生まれたものだと言われています。
本人は後年、こう振り返っています。病弱だったことが、成功の最大の要因だったと。
リハビリの現場で見た、二種類の人
ここからは、私自身が現場で見てきたことをお話しします。
実は、この記事を書く前に予想していたことと、現場の事実は違っていました。
病院・クリニックでは、頑張る人のほうが回復が速い
骨折や手術のあと、病院やクリニックに通ってこられる方には、はっきりした傾向があります。
「早く元に戻りたい」と思っている人のほうが、回復が速い。
理由はシンプルで、その方たちは一生懸命やるからです。家でも自主トレーニングを続けます。動かす回数が増えれば、それだけ体は応えます。
逆に、「まあ、こんなもんか」と早い段階で受け入れてしまった方は、自主トレーニングをされないことが多く、そのぶん進みがゆっくりになります。
つまり、この時期に「闘う」のは、正しいことです。
「受け入れたほうが楽になる」という言葉は、ここでは当てはまりません。まだ戻る余地があるときに手を止めてしまうと、戻れたはずのところまで戻れなくなります。
訪問リハビリでは、そもそも焦る人が少ない
ところが、訪問リハビリの現場はまったく違いました。
ご自宅に伺う方の中で、「早く元に戻りたい」と強く言われる方は、多くありません。「まあ、こんなもんか」と受け止めている方のほうが多いのです。
そして正直に申し上げると、私はそこで、経過にはっきりした差を感じませんでした。
病院では差が出たのに、訪問では差が出ない。
同じ人間なのに、なぜ違うのか。
「闘う」と「つき合う」は、どちらが正しいかではない
答えは、段階が違うということでした。
戻る余地があるとき(病院・クリニック)
→ 闘ったほうがいい。やった分だけ返ってくる時期
戻らないものを抱えたとき(訪問リハビリ)
→ つき合ったほうがいい。受け入れることが、後ろ向きではなくなる時期
訪問リハビリで差が出なかったのは、その方たちが諦めていたからではありません。すでに次の段階に移っていたからです。
「病気と闘うな」という言葉も、「絶対に諦めるな」という言葉も、どちらも半分しか合っていません。問題は、いまがどちらの時期かということです。
主治医が見た、「闘う」から「味わう」への変化
松下幸之助を80歳から亡くなるまでの14年間、主治医として診ていた医師がいます。松下記念病院の横尾定美氏です。
その医師が感嘆したのは、経営の手腕ではありませんでした。病気への向き合い方が、年月とともに変わっていったことだといいます。
闘う → つき合う → 味わう
晩年の松下幸之助は、こんな言葉を残しています。
「健康結構、不健康また結構」
健康なのはいいことだ。だが、健康でないこともまた、それはそれでいい。
20代で独立したときの彼は、間違いなく闘っていました。体が弱いのに事業を興し、動き回っていたのですから。
その人が、90歳を前にして「不健康また結構」と言えるようになった。
最初から達観していたわけではありません。順番を通ってきたのです。
いま自分がどちらの時期か、見分ける目安
では、自分がいまどちらの時期にいるのか、どう判断すればいいのでしょうか。
専門家が見ているもの
理学療法士が「この方はまだ伸びる」「ここからは維持していく段階だ」と判断するとき、見ているのは主に次の3つです。
① 発症からどれくらい経っているか
② もともとの生活や、体をどれくらい動かしていたか
③ 本人の性格と意欲
この3つを重ねて見ます。ただ、これは専門的な判断なので、ご自身では測りにくいと思います。
ご自身で見るなら、ひとつだけ
一般の方が自分で見分けるとしたら、目安になるものがあります。
「こうしたい」という気持ちや思いが、どれくらいあるか。
これに尽きると思っています。
「もう一度あそこへ行きたい」「これを自分でやりたい」——そういう気持ちが自分の中にあるなら、まだ闘う時期です。その気持ちがある人は、実際に体を動かしますし、動かせば体は応えます。
一方で、その気持ちが無理なく静かになっているなら、つき合う時期に入っているのだと思います。
ここで大事なのは、気持ちを無理に奮い立たせないことです。
「まだ頑張らなきゃいけないはずだ」と自分を追い立てても、それは本当の気持ちではありません。訪問リハビリで出会った方々が穏やかだったのは、気持ちが自然にそこへ移っていたからです。
🔗 その「〜したい」を、もう一段深く見てみる
「あそこへ行きたい」「これがしたい」——その奥に、もっと本当の答えが隠れています。訪問リハビリの現場で語られた願いを並べたとき、そこに共通していたものを記事にまとめました。
「受け入れられなかったらどうしよう」という不安について
最後に、ひとつお伝えしたいことがあります。
「もし治らないと言われたら、自分は受け入れられないかもしれない」——そう不安に思っている方は、少なくないと思います。
私も、この記事を書くまでは、そういう場面では多くの人が落ち込むのだろうと思っていました。
ですが、現場で見てきたのは違いました。
「ここまでか」と気づかれたとき、落ち込まれる方は、思っていたより少ないのです。むしろ、静かに受け止められる方のほうが多くいらっしゃいました。
人は、自分で思っているよりも、受け入れる力を持っています。
私がその場面でしていたのは、何かを説得することではありませんでした。相手の反応を見ながら、その隣にいることだけです。どう受け止めるかは、その方が決めることだからです。
だから、いま先回りして不安になる必要はないと思います。その時が来たら、あなたの中にもその力はあります。
その人が書いた本が、『道をひらく』です
ここまで書いてきた松下幸之助が、自分の考えを短い文章にまとめた本があります。
『道をひらく』。1968年に出て、いまも読まれ続けている随想集です。1編が見開き2ページほどで、全部で121編あります。
私はまだ読んでいません。だから中身の紹介はしません。
ただ、誰が書いたかは、この記事に書いたとおりです。
50歳まで生きられないと言われ、家族を全員亡くし、35年間を病院で暮らしながら、94歳まで生きた人。その人が「健康結構、不健康また結構」と言えるようになるまでに、何を考えてきたのか。
体のことで悩んでいる人が読むには、そういう本なのだろうと思っています。
この記事に出てきた人の本
道をひらく
松下幸之助(PHP研究所)
1編が見開き2ページの随想集で、全121編。どこから開いても、どこでやめても構わない形です。
体調に波がある方や、長い文章を読む気力が出ないときでも、1編だけなら読めます。文庫サイズなので、通院の待ち時間にも持っていけます。
まとめ
✅ 「闘う」と「つき合う」に、正解・不正解はない。順番がある
✅ 戻る余地があるうちは、頑張った人のほうが実際に回復が速い
✅ 戻らないものを抱えたら、受け入れることは後ろ向きではない
✅ 見分ける目安は、「こうしたい」という気持ちがあるかどうか
✅ 気持ちを無理に奮い立たせない。自然に静かになったなら、それが次の段階
✅ 人は思っているより、受け入れる力を持っている
松下幸之助は、20代で「50歳まで」と言われながら、94歳まで生きました。
その間ずっと達観していたわけではありません。若い頃は闘い、やがてつき合うようになり、最後に味わうところまで行きました。
いま闘っている人は、闘っていていいのだと思います。そして、いつかその手を下ろす日が来たとしても、それは負けではありません。
よくある質問(Q&A)
Q1. 「もう治らない」と言われました。リハビリはやめたほうがいいですか?
やめる必要はありません。「元に戻る」ことと「今の状態を保つ・少しでも動きやすくする」ことは別です。多くの場合、動かし続けること自体に意味があります。ご自身の状態については、担当の医師や理学療法士にご相談ください。
Q2. 家族が「まあ、こんなもんか」と言って自主トレをしません。どうしたら?
「やりなさい」と言うほど、動かなくなることが多いです。それより、その方に「〜したい」と思えるものが何かないか、探してみてください。庭を見たい、孫に会いに行きたい——そういう気持ちが出てきたとき、人は自分から動きます。目標を外から与えても続きません。
Q3. 回復期と維持期の境目は、はっきりしていますか?
いいえ、はっきりとは分かれていません。発症からの期間、もともとの生活や活動量、ご本人の性格や意欲——理学療法士はこうしたものを重ねて見ていきますが、線を引けるものではありません。ゆるやかに移っていくものだと考えてください。
Q4. 気持ちが出てこないのは、うつなのでしょうか?
この記事で言う「気持ちが自然に静かになる」のと、気分の落ち込みが続いて眠れない・食べられないという状態は、別のものです。後者が続く場合は、我慢せず医療機関にご相談ください。判断に迷うときも、相談していただくのが確実です。
Q5. 『道をひらく』は、どんな人に向いていますか?
まとまった時間が取りにくい方に向いていると思います。1編が見開き2ページなので、体調に波があっても読み進められます。順番どおりに読む必要もありません。

