「漢方」と聞くと、中国から来たもの、というイメージがあるかもしれません。
それは半分あたっていて、半分ちがいます。
医学そのものは、たしかに中国から伝わりました。ですが「漢方」という言葉のほうは、日本で生まれています。
そして調べていくうちに、もうひとつ意外なことが分かりました。
東洋医学の柱は、薬だけではなかったのです。
私は理学療法士として13年間、体を動かすことを仕事にしてきました。その目で東洋医学の歴史をたどると、思いがけない場所に自分の専門とつながる柱が立っていました。
【この記事でわかること】
✅ 「漢方」という言葉が日本で生まれた理由
✅ 1800年前の処方が、いまも薬局の棚にあるという事実
✅ 東洋医学の3つの柱と、あまり知られていない3本目
✅ 300年前の健康書に書かれた「座りすぎるな」を、現代の理学療法士が読むと
「漢方」という言葉は、日本で生まれた
江戸時代、オランダから西洋医学が入ってきました。日本人はこれを、阿蘭陀(オランダ)の「蘭」をとって「蘭方(らんぽう)」と呼びました。
すると、それまで日本にあった医学を、区別して呼ぶ必要が出てきます。
そこで生まれたのが「漢方」という言葉でした。中国の漢王朝の「漢」に由来します。
なぜ「日本方」ではなく「漢」なのか
ここで、ひとつ疑問が浮かぶかもしれません。
日本で発展した医学なら、なぜ中国を指す「漢」の字を使ったのか。
答えは、当時の人たちが「どこから来たか」で名前をつけたからです。
オランダから来た医学 → 蘭方(阿蘭陀の「蘭」)
中国から来た医学 → 漢方(漢王朝の「漢」)
「漢」は、中国そのものを指す字です。漢字、漢文、漢籍——どれも同じ使い方ですね。
江戸時代の人にとって、それは「中国から伝わってきた医学」でした。日本で独自に変わってきていたことは、後の時代から振り返って分かることです。だから「日本方」とは呼ばれなかったのです。
つまり日本生まれなのは「名前」のほうで、中身のルーツは中国にあります。そして中国では、この呼び方はしません。
漢方薬メーカーのツムラも、公式サイトで「漢方は日本育ち」と説明しています。もともとは中国から伝わったものですが、日本の風土や体質に合わせて、独自に発展してきました。
では、それまでは何と呼んでいたのか
ここも気になるところだと思います。「漢方」と呼ばれる前、日本の医学には何という名前がついていたのか。
調べてみて、少し意外でした。
名前は、ありませんでした。
正確に言えば、ただの「医学」です。あるいは「本道(ほんどう)」という言い方もされていました。
理由は単純で、医学が一種類しかなかったからです。区別する相手がいなければ、名前をつける必要がありません。
そこへ蘭方が入ってきた。ふたつ並んだ瞬間に、それぞれを呼び分ける言葉が要るようになった。
「漢方」という名前は、ライバルが現れて初めて生まれたわけです。
1800年前の処方が、いまも薬局の棚にある
ここで、有名な漢方をいくつか挙げてみます。
はじめにお断りします
私は理学療法士であって、漢方の専門家ではありません。ですので、それぞれの漢方が何に効くかという解説はしません。ここで書くのは「どの古典に載っているか」という歴史の話だけです。
実際に使うかどうかは、必ず薬剤師や医師にご相談ください。
葛根湯(かっこんとう)
名前だけなら、ほとんどの方がご存じだと思います。
この処方が載っているのは『傷寒論(しょうかんろん)』という書物です。中国の後漢時代の末期、3世紀のはじめに張仲景(ちょうちゅうけい)がまとめたとされています。
およそ1800年前です。
1800年前に書かれた処方が、いまドラッグストアの棚に並んでいる。これは、なかなかすごいことだと思います。
芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)
こちらは、ご存じない方もいるかもしれません。
同じ『傷寒論』に載っている処方で、足のけいれん――いわゆる「こむら返り」に用いるものとして記されています。
私が驚いたのは、ここです。
1800年前の人も、足がつっていた。
そして、それを何とかしようとして処方を考え、書き残した。その記録が、いまも残っている。夜中にふくらはぎがつって飛び起きる――あの経験は、1800年前の人も同じようにしていたわけです。
体の悩みというのは、案外変わらないのだと思いました。
麦門冬湯(ばくもんどうとう)
もうひとつ挙げます。ツムラの29番として知られている処方です。
こちらの出典は『金匱要略(きんきようりゃく)』。『傷寒論』と同じく、3世紀の張仲景が原本を著したとされる書物です。
中身は6種類の生薬から成っていて、その筆頭が「麦門冬」という生薬です。
漢方の名前は、中身そのもの
ここまで3つ挙げてきて、気づいたことがあります。
名前が、そのまま中身になっているのです。
葛根湯 ── 葛根(クズの根)が主役
芍薬甘草湯 ── 芍薬と甘草でできている
麦門冬湯 ── 麦門冬が主役
これは偶然ではありません。張仲景の処方は、主役になる生薬の名前をそのまま処方名にするという付け方をしています。
効き目や効能から名づけたのではなく、「何が入っているか」で名づけた。素っ気ないほど正直な命名です。
「漢方」という名前が「どこから来たか」で決まったように、それぞれの処方の名前も「何でできているか」で決まっている。名前を見れば中身が分かるようになっているわけです。
東洋医学の柱は、3本ある
さて、ここからが本題です。
東洋医学というと、漢方薬のことだと思われがちですが、実際には3本の柱があります。
① 湯液(とうえき) ── 漢方薬
② 鍼灸(しんきゅう) ── はり・きゅう
③ 導引(どういん) ── 体を動かす養生法
3本目の「導引」を、ご存じでしたでしょうか。
私は正直、この記事を書くまで意識していませんでした。
導引とは、体を伸ばしたり、さすったり、もんだりして、体のめぐりを整える方法です。呼吸を合わせて行うものもあります。
つまり、運動療法です。
薬を飲むこと、鍼を打つこと、そして自分で体を動かすこと。この3つが並んで立っていた。東洋医学は最初から、体を動かすことを治療の一部として数えていたわけです。
300年前の健康書に「座りすぎるな」と書いてあった
日本には、この「導引」の考え方を受け継いだ、有名な本があります。
『養生訓(ようじょうくん)』です。
・著者は貝原益軒(かいばら えきけん)。福岡藩の儒学者
・書かれたのは1713年。益軒が84歳のとき
・書いた翌年に亡くなっている。人生の最後にまとめた本
・全8巻。食事、入浴、排泄、医者の選び方、老後、育児まで
・江戸時代のベストセラーで、いまも読み継がれている
著者は医者ではありません。学者です。だから専門書ではなく、普通の人が読める生活の指南書として書かれました。
そして、ここが私にとって驚きだったのですが――貝原益軒は、生まれつき体の弱い人でした。若い頃には重い病気もしています。
それでも85歳まで生きました。
体が弱かったから、体に気をつけて生きた。その積み重ねを、最後に書き残した本です。
🔗 体が弱かった人が、長く生きている
松下幸之助も20歳で「50歳までは生きられない」と告げられ、それでも94歳まで生きました。体が弱いことは、必ずしも短命を意味しません。その話を別の記事に書いています。
益軒が書いていたこと
『養生訓』の中で、体の動かし方について書かれていることを挙げます。
・食後に歩くこと
・長く座りすぎないこと
・雨の日も、室内をゆっくり歩くこと
・働きすぎも、怠けすぎも、どちらも体を損なう
「長く座りすぎない」――300年前の本です。
いま、座っている時間の長さが体に及ぼす影響は、研究の対象になっています。日本体育学会にも『養生思想と歩行運動』という、まさにこの本を扱った研究があります。
ここから先は、この4つを現代の理学療法士としてどう読むか、書いていきます。
座り続けた体に、何が起きるか
まず「長く座りすぎない」から。
私が現場で「この人は座りすぎだな」と感じてきたのは、実は高齢の方ではありません。
・オフィスワーカー、事務職
・タクシーやトラックの運転手
・家でテレビを見て過ごしている人
・電車で、すぐに座る人
働いている方がほとんどです。
「動くのが億劫」「動く用事がない」「仕事だから仕方ない」――理由はいろいろですが、結果として食事とトイレ以外はずっと椅子という生活になっています。
最初に出てくる変化
座り続けていると、こういう変化が出てきます。
・姿勢が悪くなる(猫背、なで肩)
・首や肩が凝る
・腰が痛くなる
・筋力・体力が落ちる
硬くなってくるのは、首、肩、背中、腰、お腹、股関節のあたりです。
ここで正直に書いておきたいことがあります。
「まずここが硬くなって、次にこうなる」という決まった順番は、ありません。
人によって違います。首から来る人もいれば、腰から来る人もいる。もともとの体つきや、仕事の姿勢や、生活の癖で変わります。「座りすぎるとこうなる」と一本道で説明している記事を見かけますが、現場の実感としては、そこまで単純ではありません。
そして、もう少し進むとこうなります。
歩幅が狭くなる。呼吸が浅くなる。
股関節まわりが硬くなれば脚は前に出にくくなりますし、背中が丸まれば胸が広がりにくくなります。座っている時間の話が、歩き方と呼吸にまで及んでいく。
どれくらいで立てばいいか
私が実際にお伝えしているのは、この間隔です。
できれば30分に1回。最低でも1時間に1回。
立ち上がって、少し歩く。それだけで構いません。
そしてもうひとつ、私が大事にしていることがあります。
「座りすぎないでください」と言うだけでは、人は動きません。
だから私は、なぜそうしたほうがいいのかを、必ず一緒にお伝えするようにしています。理由が分からないまま言われたことは、続かないからです。
――そしてここが、『養生訓』が300年読まれている理由でもあると思っています。あの本も、ただ「歩け」とは書いていません。なぜそうするのかを、一つひとつ説明しています。
「食後に歩け」には、少し修正が要ります
次に「食後に歩く」について。
ここは、現代の理学療法士としてそのままは勧めません。
私がお伝えしていること
・食べた直後は勧めません
・30分から1時間ほど経ってから
・ゆっくり、10分
食直後に動くことについては、避けたほうがよいという考えが一般的です。ですので、少し時間を置いてからにしてください。
速く歩く必要もありません。ゆっくりで、10分です。
300年前の記述に、現代の目で少しだけ手を入れる。「昔の人は全部正しかった」ではなく、こういう修正が必要な部分もあります。
なお、血圧や心臓に不安のある方、持病をお持ちの方は、運動の内容についてかかりつけの医師にご相談ください。
雨の日でも、家の中でできること
『養生訓』には「雨の日も、室内をゆっくり歩く」とあります。
これは、現代でもそのまま通用すると思います。
むしろ外に出られない理由は、江戸時代より今のほうが多いかもしれません。猛暑日、大雨、花粉、感染症。外を歩けない日は、いくらでもあります。
家の中でも歩けるなら、歩いたほうがいいです。廊下を往復するだけでも構いません。
そして、家でできる運動は歩くこと以外にもたくさんあります。
室内でできること
・ストレッチ・体操
・ヨガ、ピラティス
・腿上げ
・スクワット
・カーフレイズ(かかとの上げ下げ)
・階段の昇り降り
この中から、続けられそうなものを選んでください。全部やる必要はありません。
益軒が書いた「雨の日も歩く」の本質は、「外に出られないことを、動かない理由にしない」ということだと思います。手段は、いまのほうがずっと多いのですから。
「やりすぎ」と「怠けすぎ」──いま多いのはどちらか
最後に、4つ目の記述です。
働きすぎも、怠けすぎも、どちらも体を損なう
これは、いまの運動指導とまったく同じことを言っています。多すぎても少なすぎてもいけない、という考え方です。
ただ、ここで一言つけ加えたいことがあります。
やりすぎて痛める人は、たしかにいる
現場で、やりすぎて逆に体を痛めてしまう方は、たまにいらっしゃいました。本当にやりすぎるのは、よくありません。
それでも、多くの人は「やりすぎぐらい」でちょうどいい
そのうえで申し上げると――普通に生活している方であれば、やりすぎぐらいでちょうどいいと私は思っています。
理由は、ここまで書いてきたとおりです。いま体を壊している人の多くは、動かなすぎるほうだからです。
ここに、300年の違いがあります。
益軒の時代 ── 体を使う仕事が当たり前。働きすぎる人が多かった
いま ── 一日中座っていられる。動かなすぎる人が多い
同じ「働きすぎも怠けすぎも害」という言葉でも、どちらに気をつけるべきかは、時代で逆になっています。
「やりすぎに注意」という言葉を、動いていない人が自分への言い訳に使ってしまうと、もったいないと思うのです。
どこまでなら大丈夫か
では、どこまでが「やりすぎ」なのか。私が目安にしているのは、この2つです。
この2つが出ていなければ、許容できると考えています
① 痛みが出ていないか
② 炎症のサインが出ていないか
── 熱をもつ / 腫れる / じっとしていても痛む
とくに②の「じっとしていても痛む」は、大事なサインです。動かしたときだけ痛いのと、何もしていなくても痛いのとでは、意味が違います。
これらが出ているなら、量を落とすか、休んでください。それでも続くようなら、医療機関にご相談ください。
逆に、翌日に少し疲れが残っている程度で、痛みも腫れもないのであれば、それは頑張りすぎではありません。
『養生訓』を読んでみたい人へ
ここまで『養生訓』の記述をいくつか紹介してきましたが、正直にお伝えすると、私はまだ全編を読んでいません。
この記事で引用したのは、研究論文などで確認できた、よく知られた部分です。そのうえで、現場で見てきたことと重ねて書きました。
読んだあとに、また書き足したいと思っています。
この記事で紹介した本
養生訓
貝原益軒/訳・松田道雄(中公文庫)
訳者の松田道雄は小児科医です。『育児の百科』を書いた方で、300年前の養生書を、医師の目で現代語に移しています。
文庫で280ページ。電子書籍版もあるので、通勤の合間にも読めます。江戸時代の本と身構えなくても、食事や睡眠や運動の話が並んでいるだけです。
まとめ
✅ 医学は中国から伝わったが、「漢方」という言葉は蘭方と区別するために日本で生まれた
✅ それまでは名前がなかった。ただの「医学」。区別する相手がいなかったから
✅ 葛根湯・芍薬甘草湯は『傷寒論』、麦門冬湯は『金匱要略』が出典。1800年前の処方が、いまも棚にある
✅ 漢方の名前は、主役の生薬そのまま。効能ではなく「何が入っているか」で名づけられた
✅ 東洋医学の柱は3本。3本目の「導引」は、体を動かす養生法
✅ 『養生訓』は300年前に「座りすぎるな」と書いていた
✅ 座り続けると姿勢・首肩腰・体力に出る。ただし順番は人による
✅ 食後に歩くなら、直後は避けて30分〜1時間後に、ゆっくり10分
✅ 痛み・熱感・腫れ・安静時痛が出ていなければ、多くの人はやりすぎぐらいでちょうどいい
1800年前の人も、足がつって困っていました。300年前の人も、座りすぎに気をつけろと書き残していました。
体の悩みは、そんなに変わっていません。
変わったのは、私たちの生活のほうです。益軒の時代は放っておいても体を使いましたが、いまは意識しないと一日中座っていられます。
だからこそ、300年前の「座りすぎるな」が、いま効くのだと思います。
よくある質問(Q&A)
Q1. 結局、どの漢方を飲めばいいですか?
申し訳ありませんが、この記事ではお答えできません。私は理学療法士であって、漢方の専門家ではないからです。漢方薬は医薬品ですので、薬局の薬剤師や、漢方を扱っている医療機関にご相談ください。体質や、いま飲んでいる薬との関係も見てもらえます。
Q2. 「漢方」は日本で生まれた言葉なのに、なぜ中国の「漢」を使うのですか?
当時の人が「どこから来たか」で名前をつけたからです。オランダから来た医学が「蘭方」、中国から来た医学が「漢方」。「漢」は中国そのものを指す字で、漢字・漢文・漢籍と同じ使い方です。日本で独自に発展していたことは後から分かることで、江戸時代の人にとっては「中国から伝わった医学」でした。日本生まれなのは名前のほうで、中身のルーツは中国にあります。
Q3. 30分に1回立つのが難しい仕事です。どうしたらいいですか?
できる範囲で構いません。1時間に1回でも、やらないよりずっといいです。トイレに行くついでに少し遠回りする、飲み物を取りに立つ、電話を立って受ける——用事とセットにすると続きます。「運動の時間」を新しく作ろうとすると、たいてい続きません。
Q4. 家の中を歩くだけでも意味がありますか?
あります。歩数を稼ぐことが目的ではなく、同じ姿勢を切ることに意味があるからです。廊下を往復するだけでも、座りっぱなしとは違います。余裕があれば、ストレッチやスクワットなど、他の運動も足してみてください。
Q5. 運動して筋肉痛になりました。やりすぎでしょうか?
筋肉痛そのものは、必ずしもやりすぎのサインではありません。気をつけたいのは、熱をもつ・腫れる・じっとしていても痛むという炎症のサインのほうです。これらが出ているなら量を落としてください。判断に迷うときや、痛みが続くときは、医療機関にご相談ください。
Q6. 『養生訓』は、江戸時代の文章で読みにくくないですか?
現代語訳が出ています。この記事で紹介した中公文庫版は、小児科医の松田道雄による訳です。項目ごとに短く区切られているので、どこから読んでも、どこでやめても構いません。

